はじめに

家庭教師は、子どもの学力向上を支援する教育サービスとして広く利用されています。しかし、「家庭教師派遣」を名目としながら、高額教材の販売を主目的とする業者や、不透明な料金体系で消費者に不利益を与える業者が、過去から現在に至るまで存在しています。

本記事では、当団体が30年以上にわたり蓄積してきた記録と、公的機関が公表しているデータに基づき、家庭教師業界における消費者被害の実態をお伝えします。


かつての業界に蔓延していた問題

教材販売型業者の手口

1990年代から2000年代にかけて、家庭教師業界で最も深刻だった問題は、「家庭教師派遣」を看板にした高額教材の抱き合わせ販売でした。

当団体に寄せられた相談記録や、行政への申出書、新聞報道などから明らかになった典型的な手口は以下のとおりです。

第1段階:接触
– 電話勧誘で「無料体験授業」「学習相談」と称して訪問のアポイントを取る
– 求人広告で「時給1,500円」「月収40万円可能」と大学生アルバイトを募集し、テレフォンアポインターとして使う
– 「学生サークル」「学習アドバイザー」を名乗り、家庭を訪問する

第2段階:不安の喚起
– 子どもの成績の問題点を強調し、保護者の不安をあおる
– 「このままでは志望校に合格できない」と危機感を植え付ける
– 体験授業を行い、子どもを味方につけてから保護者に契約を迫る

第3段階:高額契約
– 「良い家庭教師に教わるにはこの教材が必要」と教材の購入を求める
– 教材費は3〜5年分で30万〜150万円にのぼる
– その場でクレジット契約を組ませる
– 教材費の存在を契約直前まで伏せるケースも多い

第4段階:解約妨害
– 解約を申し出ると「推奨販売だから解約できない」と虚偽の説明をする
– 「クレジット会社が認めないと解約できない」と嘘をつく
– 「消費者センターに行っても話は通らない」と脅す
– 高額な解約料(使用料として契約額の33〜49%)を請求する

出典: 特定商取引法に基づく申出書(新潟県知事宛、2002年4月20日)
出典: 新潟県生活企画課宛「家庭教師派遣業の契約と解約の問題整理」(当団体所蔵資料)

被害事例の記録

当団体が記録・収集してきた被害事例から、代表的なケースを紹介します(個人情報保護のため一部抽象化)。

事例1:虚偽の勧誘による契約
「元教員が多数在籍」「心のケアもできる家庭教師」という説明で契約したが、実際にはまったく異なる教材が送られてきた。派遣された家庭教師は、その教材の存在すら知らなかった。解約を申し出ると、根拠不明の「使用料」として約18万円を請求された。

事例2:不適切な教師の派遣
契約後、家庭教師が3回交代した。中には旅行会社の社員が派遣されたこともあった。子どもが学習意欲を完全に失い、自分一人で勉強することを選ぶほど追い詰められた。解約を申し出ると「解約は無理だ」と一方的に拒否された。

事例3:料金の不透明さ
入会金無料と聞いて契約したが、実際には「登録費」「教務費」などの名目で数万円の費用が発生した。月謝以外にも追加料金が次々と請求され、当初の説明とまったく異なる費用負担となった。

出典: 新潟県知事宛申出書(2002年8月7日付)
出典: 愛知県・静岡県消費生活センター相談記録(当団体所蔵)

数字が示す被害の深刻さ

1998年時点の愛知県消費生活センター6か所のデータは、業界の構造的問題を端的に示しています。

教材販売型業者への相談件数(1998年・愛知県)

業者区分最大相談件数
教材販売型業者A36件
教材販売型業者B17件
教材販売型業者C15件
派遣専門・非加盟の大手業者58件

自主規制規約を遵守する加盟業者への相談件数:全社が0件

このデータは、消費者被害が一部の悪質業者に集中していたこと、そして自主規制の遵守が被害防止に直結していたことを示しています。

出典: 愛知県内消費生活センター6か所「業者別消費者相談件数」(1998年、トラブル110番集計)


法整備による改善

1999年の転換点

1999年の特定商取引法改正により、家庭教師派遣が「特定継続的役務提供」として法規制の対象となりました。これにより、消費者には以下の権利が法的に保障されるようになりました。

  • クーリングオフ:契約書面受領後8日間は無条件で解約可能
  • 中途解約権:契約期間中いつでも中途解約が可能(2ヶ月超・5万円超の契約)
  • 解約料の上限規制:事業者が請求できる解約料に法定上限あり
  • 書面交付義務:事業者は契約前・契約時に法定書面を交付しなければならない
  • 不実告知の禁止:虚偽の説明による勧誘は違法

この法改正は、業界全体の意識を変える大きな転換点となりました。

出典: 消費者庁 特定商取引法ガイド「特定継続的役務提供」(https://www.no-trouble.caa.go.jp/what/continuousservices/)

行政処分の積み重ね

法整備後、2002年の東京都による12社一斉立入調査(全社に違法行為を確認)、2005年の史上初の業務停止命令など、行政による取り締まりが本格化しました。

2006年以降も、景品表示法違反や特定商取引法違反による行政処分が継続的に行われています。2023年には、オンライン家庭教師を提供する業者に対して措置命令と6,346万円の課徴金納付命令が出されるなど、法執行は厳格化の方向にあります。

出典: 消費者庁 特定商取引法ガイド「執行状況」(https://www.no-trouble.caa.go.jp/action/)


現在も続く問題

形を変える手口

法制度の整備と行政処分の積み重ねにより、かつてのような露骨な悪質商法は減少しました。しかし、消費者被害は完全にはなくなっていません。近年は手口が巧妙化・オンライン化する傾向が見られます。

東京都内の消費生活センターに寄せられた家庭教師に関する相談件数は、2023年度が62件、2024年度が76件と、むしろ増加傾向にあります。

出典: 東京都消費生活総合センター(2025年7月発表)

最新の被害事例

2025年7月、東京都はオンライン家庭教師契約に関する消費者トラブルを、東京都消費者被害救済委員会に付託しました。

この事例では、インターネット広告で「1コマ約3,000円」という低料金が強調されていたオンライン家庭教師サービスにおいて、体験授業を受けた段階で初めて2教科の教材費として約53万円が必要であることが判明。契約時にクーリングオフや中途解約に関する説明がなく、解約を申し出ても教材費の返金を拒否されたというものです。

これは、1990年代から問題視されてきた「低料金を強調→高額教材を後出し」という手口が、インターネット広告を通じて現在も形を変えて続いていることを示しています。

出典: 東京都消費生活総合センター「消費者被害救済委員会への付託について」(2025年7月18日)


私たちが伝えたいこと

法律は整った。しかし、それだけでは足りない。

1999年の法改正以降、消費者の権利は法的に確立されました。クーリングオフも中途解約も、法律で保障されています。行政処分の実績も積み重なり、悪質業者への抑止力は確実に強まっています。

しかし、法律が存在することと、消費者がその権利を知り行使できることは別の問題です。

当団体に寄せられてきた相談の多くでは、消費者が自分の権利を知らないまま、業者の虚偽の説明を鵜呑みにして泣き寝入りしていました。「解約できない」「教材は返品不可」「消費者センターに行っても無駄」──これらは全て虚偽であり、法的に認められない主張です。

消費者を守るために

私たちは、法律の整備だけに頼るのではなく、以下の3つの柱で消費者保護に取り組んでいます。

1. 業界の自主規制
法律の最低基準を上回る独自の規約を策定し、加盟業者に遵守を求めています。規約遵守業者への苦情ゼロという実績が、その有効性を証明しています。

2. 消費者への情報提供
契約前に確認すべきポイント、トラブル時の対処法、法的権利の解説など、消費者が自らを守るための情報を発信しています。

3. 行政との連携
悪質業者の情報提供や、特定商取引法第60条に基づく申出など、法執行の実効性を高めるための活動を行っています。

家庭教師は、子どもの成長を支える大切なサービスです。その信頼を守るために、私たちはこれからも活動を続けてまいります。


引用元一覧

当団体所蔵の一次資料

  • 愛知県内消費生活センター6か所「業者別消費者相談件数」(1998年、トラブル110番集計)
  • 特定商取引法に基づく申出書・新潟県知事宛(2002年4月20日付)
  • 新潟県知事宛申出書(2002年8月7日付)
  • 新潟県生活企画課宛「家庭教師派遣業の契約と解約の問題整理」
  • 愛知県・静岡県消費生活センター相談記録

公的機関の情報源

  • 消費者庁 特定商取引法ガイド「特定継続的役務提供」 https://www.no-trouble.caa.go.jp/what/continuousservices/
  • 消費者庁 特定商取引法ガイド「執行状況」 https://www.no-trouble.caa.go.jp/action/
  • 国民生活センター「2024年度 全国の消費生活相談の状況 ─ PIO-NETより」(2025年8月6日発表) https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20250806_3.html
  • 東京都消費生活総合センター「消費者被害救済委員会への付託について」(2025年7月18日)
  • 消費者ホットライン:局番なしの188